お正月の新聞から先月まで、やっと切り抜きが終わりました。
 そこで最近すご〜く気になることがあります。話題は最近ではなく4月27日から5月7日まで「もんじゅ運転再開」というものです。1995年のナトリウム漏れ事故で運転を停止していた高速増殖原型炉もんじゅの運転再開の記事。再開後5月7日以降は記事はありませんでしたが、それまでは6回に渡って記事が出ていました。
 まだまだ、記録の隠蔽やら点検の不備やら問題は沢山ありそうなのに、ここにきて再開合意、再開。再開後の今では話題にもなりません。8月6日のテレビでの原爆犠牲者追悼の映像などを見たとき、次の被爆も原子炉が原因で日本人が犠牲になるのではと、ふと脳裏をよぎりました。しかも、政府の経済至上主義の原子炉推進計画のもとに、騙されて被爆するのです。この構図は、8月のこの時期、さきの戦争と同じではないかと思ってしまいます。
 ラジオのCMを聞いていると、原発はCO2を出さない環境に良いものだと言います。とんでもないことです。それを正論とするのなら、CO2どころではない人間の手に負えない廃棄物はどうすれば良いのでしょうか。市民をだますようなCMにゾッとし、その裏にある怖いものを感じます。
 CMをするのなら、放射能はこういうものという正しい知識を啓蒙し、安全性も95%なのか80%なのか、完璧はありえないことを素直に認めるべきです。そのうえで、国民が危険よりもエネルギーが大事だと思えば、原発にすれば良いでしょう。ただし、世界的には原発は回避する傾向にあります。
 検診で受けるX線放射線の一種ですが、放射能は体内に蓄積されます。そこで1年間に被爆しても問題がないだろうという量を規定して、それ以下で収まるようにする必要があります。もちろん、検診のX線は問題のないレベルですが、蓄積されるということからいうと、浴びないに越したことはないのです。X線を受けるかどうかの判断の基準は、検診によって癌などの病気が早期に発見できる可能性があるかどうかです。X線を受けることによって癌になる可能性もゼロではないことを知っておくべきです。
 原発のCMは良いことしか言いませんが、冷静に判断すると悪いほうが多いと思われます。良いことは経済面だけです。
 さて、こんなことで将来の危険を増やしても良いのでしょうか。型は違いますが、もしもチェルノブイリのような事故が起こるようなことがあれば誰が責任を取るのでしょうか?1回の事故で経済のメリットは吹っ飛ぶと思います。そして、事故が起こるとすれば、人為的なミスによるものの可能性が大きいのです。そのこともCMでは無視して、装置の安全性をPRしています。また、日本の原発はどんどん老朽化しています。
 ラジオから流れるニューモだか何だか、本当に気持ちが悪くなってきます。

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ニューモ:NUMO(原子力発電環境整備機構)