たまたま縁があって教行信証を最初から読み始めています。教巻は短いのですぐに読み終えて、行巻に入りましたが、改めて読み直すとあらたな発見があってこんなに新鮮なものかと驚いています。何よりまた仏法はいいなぁと、どこか向こうの方から実感がひしひしと伝わってきます。これも、いろいろともがいている効用だったのでしょう。
そして、今日はひとつの葬儀に出席するご縁に出会いました。日蓮宗の上人様の本葬儀で、そのお寺の開山となられるお方だそうです。自分は残念ながらお会いしたことはございませんが、葬儀の席上、上人の御一生の威徳を讃え読み上げられました。碧南の地は法縁の深い土地です。その中でも念仏の地です。上人の家も祖母は熱心な門徒だったと言います。当然、上人も念仏に傾倒していくのですが、10代のときにいくら念仏の教えを聞いてみても、心のもやもやは晴れなかったと言います。そんなときに法華経法話を聞いてこれぞ救われる道だと確信し、出家得度、20代で粗末な道場を開き、熱心に布教活動を展開していったそうです。それから50年余りの活動で、大勢の信者と寺院を建立し、確固たる地位を築きあげました。修行も五度の満行を経て宗派でも重要な存在になっていったようです。有名女子プロゴルファーも修行の教えを受けたようです。何もない、文字通り裸一貫の状態から、回りが完全にアウェイ状態の中で、立派な一宇を建立するまでには、並大抵の苦労ではありません。
お話を聞いていて何か元気のエネルギーが充填されていくようで、良い話を聞かせてもらったなぁと非常に有難い気分でした。何もないところからでも、願い一つで、立派なお堂ができるまでになる。仕事に結び付けては狭小な話になりますが、碧南店も願いを一途に突き詰めれば、必ず驚くほどの結果を見ることができるのではないかと勇気づけられました。
折りしも、本日から近くのスーパーで名古屋のO社が仏壇の展示販売をしています。お店から500m以内のところです。気にするなという方が無理で、少し覗いてきました。まあ、覗いて見てもどうなるものでもないのですが、お客様の入りとかは気になるところです。売れても困るし、売れなくても困るような妙な気分です。お客様の来店誘導は一番の課題です。効率の良い宣伝はないものかといつも考えていますが、地道に一人ずつが解答だと最近は思っています。ぱっと来た業者の品物を買ってしまうようでは、その地域に根付いていない証拠です。
自分は市外から通勤しています。ですから、地元のチラシは折込で入ってきません。そのスーパーでの展示販売の情報を教えてくださった方は、近くのお客様です。そんな世間話のできる方々を町内にいかに沢山持っているかが店にとっても店員にとっても掛け替えの無い財産になってきます。早く沢山の人と出会って、何らかのご縁を結んで行きたいものです。

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今日のサンデースポーツ諸見里しのぶ選手の強くなった理由をやっていた。タイムリーだったので滝壷の話がでるのかと聞いていましたが、その理由は片山晋呉選手の言葉だったそうです。「楽しんでいない、見ていて面白くないし、人にやらされている感じがする。そうじゃなくて自分をもっと褒めて、ミスをしたら笑いなさい。ボギー打ったら笑いなさい。ダボ打ったら笑いなさい。」と言われたそうです。そして最後に「まぁ、今のしのぶには無理だろうけれどね」と付け加えました。そう言われて、どうしたら強くなれるか考え片山晋呉選手の本を読んだら、「24時間ゴルフとトーナメントのことを考えている」「心はわざわざ鍛えるものではなく日常生活の中でこそ養われていく」のフレーズに出会い、片山選手の真面目で真剣な取り組む姿勢に感化されました。自分は片山選手の1/10も何もやっていない。自分の生活を変えるために片山選手の真似をするようにしました。そして、愚痴を言わないこと、人の悪口、不平不満を言わないこと、そこが一番だめなところだよと指摘を受けたので、そこを直しマイナスだったところをどうにか前向きに考えられないかと思うことによってストレスが減ったそうです。心が動揺しても体にスイングを覚えこませるような練習も行い、今シーズンは賞金王の位置にいるということです。
と長々と書いてしまいましたが、何箇所も参考になることがあります。そして本題は、以前滝に打たれたことがあるということ。これが今日のお寺様の葬儀に上田桃子とコーチとともに花輪のあった理由でした。http://www.ric.hi-ho.ne.jp/mw-yes/TOPICS/t-20071211-01.html