これも話題の曲ですが、樋口了一の「手紙〜親愛なる子供たちへ〜」。まずは、聞いてください。
http://www.youtube.com/watch?v=VIys43kR5S0
 爆発的にヒットしているようです。昨日の朝、特集をやっていてたのですが、パートの人が出社して第一声が、「あの歌いいねぇ。CD買ってきなさいよ」でした。でも、自分の感想は、「大きな古時計」みたいな曲だなぁでした。曲の調子は「大きなのっぽの古時計…」。内容は、ほしい、ほしい、ほしい。思いのこもった重い歌という印象です。そうまでして老いても生きていきたいのか、という人生哲学の問題を含んでいます。迷惑を掛けても生きて居たいんだよ。お前たち子供と一緒に居たいんだよ。素直に言うことが、今の常識と違ったので目新しく感動を呼んでいるんでしょう。
 法話で一番受ける話は何かとよく言われます。それは親孝行の話だそうです。子供たちは老いた私に優しく、かまってくださいね。老いたらこんな風になると思うから、そのときは私がしてやったことを思い出して、返してくださいね。
 ひねくれて見てしまいそうで、全然よくありません。そのパートの人は女の方で、歌詞の通りをやってきた方です。男の自分には全くピンとこないのです。それでも、この歌を聴いて感動してそのようにしてあげようとする若い人が増えることは悪いことではありません。ぜひ、自分の子供にはそうなって欲しいものです。でも、このように「してほしい」老人が増えることは、期待を裏切られて、もっとさびしく悲しい老人が増えることになるのでは。
 やってあげたことを思い出してそのようにして欲しいのはやまやまでしょうが、法話で言っていました。
『御破算で、ねがいましては、子育ての収支決算、全部そろえて踏み倒し』だそうです。
 
 老若男女が自然に対等に平等に歌詞のようなこと意識もせずに生きられる社会になったら良いのに。介護の必要な人や痴呆の老人が楽しく死んでいけることが当たり前の社会になって欲しいものです。
 生きているときは生きて、死ぬときには死ぬと諦められれば、生死に関して動物的な動物生(人生ではない)がまっとうできるのに。