「三味線婆ちゃん-念仏内局の陰に」林暁宇著
 3時間くらいで読める読みやすい本です。この婆ちゃんはエンタツアチャコと一緒に吉本興行の舞台にも出ていたそうです。芸はたしかなもので一時は自ら座長となって一座を組んで、地方回りをしたこともあるという。吉崎御坊蓮如忌にござを敷いて三味線をかかえて芸を見せて投げ銭をもらっていた。集まったお金は全部西の別院に上げていた。昭和26年ラジオで東本願寺のただならぬ赤字財政を知った。そこで半分を「これで本山の借金を返してくれなはれ。」と持っていったのが、思いもかけぬ暁烏敏先生との出会いにつながった。皆さん一度読んでみてください。借りても、立ち読みでも読めそうな本です。
「仏法は向こうのいうとおりに従うとったらいいのや。向こうが高めてくれたら高めてもらえばよし、低めて見たら相手を低め返すのじゃなしに、不憫をかけてみたらいい。こないに思うて人とつきあっとれば腹立てんでもいい。それもわれが思おう、と思うとそうはいかん。仏さんがみんな思わせてくれるのや。
 そやさかい、あの世の助かる助からんはおいときなはれ。今この世で助けてもらえる。ここがお助けの場所や。何もかんもがお助けの材料になるのや。」
「あんまり景色が結構なもんで、娑婆でさえこないに結構なとこあるのに、お浄土はどないに結構やろう思うたら、泣けてきてどうにもならんのや」
「だいたいな、苦抜けしたい苦抜けしたいいうのは十九願の世界や。観経さんやな。それから極楽へ行きたい極楽へ行きたいいうのは二十願の阿弥陀経の世界や。十八願の大経さんの世界は、ああなりたいこうなりたいの世界と違うのや。どんな苦しみが来てもこたえんことになっとる。その苦しみの中から喜びを見出していけるのや。」
 三味線婆ちゃんの語録、武勇伝はまだまだ沢山あり「昭和の妙好人」と呼ばれたが、そんな風になりたいとは思えないし、なろうと思っても絶対になれない人であった。時代と環境と出会いが奇跡的に一人の名物婆ちゃんを生み出したと言ってもいいであろう。
 19願、20願、18願の3願転入の味わいを自分は次の歌で教わった。

  • 19願…手をついて 頭を上げる 蛙かな
  • 20願…濡れながら さらに雨待つ 蛙かな
  • 18願…飛び込んだ 力で浮かぶ 蛙かな