「他人から報酬を頂くということは、嫌でも苦しいことが多い。これを辛抱して立派にやり遂げるから、自分の好きなことが存分にできる。嫌な事、辛い事をやり遂げないから、自分の好きなことも十分にできないことになるのです。」
 その後にこう続いていました。
 「辛い事を辛抱し。哀しみに堪えた体験があって、始めて人間の苦しみ、哀しみがわかると思います。このような体験があればこそ、他人の苦しみ、哀しみを自分のものとして、共感し、自分を犠牲にした男の優しさが生まれてくるものだと思うのです。」
 今起こっている殺傷事件は、自立できない若者がその葛藤に耐え切れず、自壊、他壊することによって、自分以外のところで、自分の将来を決めてもらうという甘えから来ているようにも見えます。モラトリアムのさらに深刻な状況です。
 これは、人間と言う動物の成長過程を親がしっかり管理できなくなってきたということです。自由放任といえば格好はいいのですが、一旦事件が起これば無責任ということになります。見知らぬ人を線路に突き落とした18歳男性の親が、記者会見でいくら謝ろうが18年間の養育の責任は重くのしかかってきます。大事に育てすぎ、成長に応じた辛い事、苦しい事を体験させなかったことが悔やまれるところでしょう。どう償っていけばよいのか分からないと言っていましたが、誰にも分かりません。少なくともこの18歳の少年の関係家族が幸せそうに暮らしていたら、被害者の家族はどう思うでしょうか?
 子供をもつ親の不幸をニュースで見せられる度に、「だから、子供なんかいらないんだ」と思う若者も多くなるでしょう。
 幼稚園児の時から、トロやらいくらやらを注文している甘やかされた子供たちは、早く他人から報酬を頂く仕事をさせて、いかに自分で稼ぐのが大変かを知らせる修行をさせるべきです。無職でゲームを100本も持っているというのも、どうかと思います。人間は今ある生活が壊れることに恐れがあると思います。(今、TVで多重債務者が200万人などと述べております。この不幸の上に消費者金融の空前の利益があるのです。そして社会が悪くなろうがどうなろうが、豪邸の中では関係ないという国なのです。消費者金融だけではありません。政治家から何から何までみんなそんな感じです。昔の経営者はそうでは無かったと思いますが、製造業主体と非製造業主体の社会構成がそうさせてしまったのでしょう。)
 このブログでも取り上げましたが、えさを与えられることになれた野生動物は狩りをしなくなったそうです。そして、観光客の食べ物を狙うようになります。今の日本は全くそのような状況とそっくりです。若いころに自分の身の程以上の快楽を経験させるべきではないのです。その人にも不幸だし、周りの人にも迷惑になります。子供は決してペットではありません。あなたの子供が小学生以下ならば、今からでも遅くありません。今日は、あなたのこれからの人生の最初の日であることを憶えておいてください。